2021年01月27日

Liewという教育用キュレーションアプリ

Liewという教育用キュレーションアプリ説明をYouTube Liveで視聴した。
非常に良い説明だった。

第1世代 : 充実したコンテンツを映像配信する有料の授業。一斉配信により良質の授業がマスで受講できる
第2世代 : コンテンツを揃えて定額サブスク。場所と時間を選ばない。
第3世代 : フリー&キュレーション

以前私もキュレーションで充実した学習コンテンツを作れないかと想像したいことがある。
その時はYouTubeが未だ期待できないと思ったからで、スタサプやその他有料コンテンツを使うイメージだった。

良質で魅力的な映像授業なんて作る必要はない。
マスで教えるテクニックなんて上には上がいるわけだし、映像になったとたんに限界費用はゼロに近くなる。
コンテンツでは稼げない。そんなものに太刀打ちできるはずがない。

だから教育者はコーチングとなり生徒に伴走する。声をかける。生徒の反応を見て今最適だと思われるサポートをする。
生徒が良い点を取った時でも丸暗記しているのか、思考力の結果なのか、一夜漬けなのか、そもそも天才なのか。
それを見極めるのが生で接している教師の役割である。

ではどのように教材を与えるか?世の中に出ているものを使えばいい。
いっとうくんを契約したが、内容については落胆した。
ほぼ教科書の丸読み。映像や効果音で多少飽きが来ないように工夫はしているが、まるで生徒を調教しているみたいだ。
すららやあたまプラスには劣るものの、ある程度の実績を持った教材のはずである。
ところがこの程度のレベルである。

すららも生徒の把握機能は優れているが、学習コンテンツそのものは読んでいるだけの教材である。(声優使っているとかは付加価値ではない)

だから良いコンテンツをあちこちから集めて(キュレーション)自前で作るのがベストだと思っていた。
それは単なるプレイリストだろう。URLを張り付けただけならその通り。

Liewは単なるプレイリストをそうだと見せない統一感と美しさがある。操作性も非常にいい。

プレイリストは塾それぞれに個性だと言っていた。

塾はプレイリストを競うのか(もちろん映像授業以外で競うことに価値があるという主張も認める)?
プレイリストはシェアできるのか?であれば、ある程度良質なプレイリストをどこの塾も真似ることができる。
では塾は映像授業で差別化可能だろうか?

本来は生徒一人ひとりに合ったプレイリストがあるはずである。
それを教師が全て作っていると大変だろう。

AIが個性に合わせて作る?もちろん従来のリコメンデーションアルゴリズムは使えない。
生徒が見ていないコンテンツ、不得手な教科を上手にリコメンデーションしなければいけない。
強制し過ぎると嫌がられる。知っていることばかり、好きなことばかりだと飽きられる。
興味が湧き、ちょっとだけ強制で、実力がつくアルゴリズムとは?

ああでも?プレイリストを作ることは本当に教師がするべきだろうか?
教科書を単に映像教材に置き換えているだけではないか?

本来は生徒が自らの弱みを理解し、適切な教材をあまたの中から選び出す能力を育てるべきではないか?
大人になっても、誰かが教材を提供してくれるわけではない。
また、そのような姿勢ではいつの間にか何かに洗脳されてしまい、洗脳されていることにも気づかなくなるかもしれない。

それに、そもそも映像授業は良いものと言えるのか?
全て映像で難解な概念までも理解できるとすると、分からないことを時間をかけて文章を読むという努力をして、真に理解するという能力をいつ養えばいいのだろう?映像授業で知識はつくかもしれないが、真の問題解決能力が養われるのだろうか?

近々『わかりやすさの罪』という本を読むつもりだ。何らかの答えが見つかるかもしれない。

posted by しもす at 00:30| Comment(0) | 教育

2021年01月25日

図書館で本を借りるということ

最近の若い人はモノに執着心がない。
車は持たなくていい。高い服も借りるか、買ってもメルカリで売る。
購入よりもシェアリング、サブスクリプション。

CDやDVDを集める必要はない。
欲しいものは全てネットで聞いたり見たりするのだから。

モノがないから若くてお金が無い人は狭い家でも構わない。
モノがないので広く使える。

本も最近はキンドルで読むほうを好むそうだ。
確かにかさばらないし、持ち運びも便利である。

私も数冊キンドルで購入したことはあるが、紙のようにパラパラめくることができないのが、どうも好きではない。
紙は飛ばしたり、戻ったり、キンドルの文字サーチとは違う。目的なくパラパラと戻ったりするのだ。

かと言って、買うと値段も張るし、嵩張るので部屋が狭くなる。
昨年は100冊くらい読んだが1冊1500円平均なら15万円もかかる。
これが一切ただになる方法がある。図書館で借りることだ。

図書館で借りるメリットは大きい。

まず、お金がいらない。次に、(これが最大のメリットだが、)締め切り(返却日)があるので、どうしても期限までに読む強制力が働く。買った本ていたらこのスピードでは読めない。買うだけで安心してしまう本もある。また、買ってみてつまらない本は残念と思えるが、借りた本ならもったいないとは思わない。買った本はつまらなくても仕方なく最後まで読もうとして、かえって時間を失うこともあるが、図書館の本なら途中でやめて返しても構わない。タダだから。

こんな素晴らしい公共財はなかなか得られない。

図書館に行ってわざわざ目当ての本を探すのが面倒?
いやいや、今は江東区の本を全て一元的に検索でき、10以上ある江東区の図書館のどこにあっても取り寄せてくれる。
貸し出し中なら予約待ちもできる。
それもOPACというシステムのお陰。非常に使い勝手が良く、気が利いている。
確か日立が開発したはずで、それなりに古いシステムだ。

OPACにはAMAZON以上に毎日アクセスしている。いい時代だ。






posted by しもす at 00:02| Comment(0) | 日常

2021年01月23日

一兆ドルコーチ

『一兆ドルコーチ』エリック・シュミット

未だ完了しないが、感想に加えて「天才をどう扱うか」という問題について。
非常に有名になった本であるが、少し物足りなさを感じる。
ジョン・キャンベルという異才のコーチのカリスマ性を盛り上げ方が中途半端。
グーグル、アップルnエグゼクティブが凄いと言ったという間接的な盛り上げ方ではだめだ。

ではジョン・キャンベルの何が凄いのか?
確かに言っていることは正しく、なかなか実行できないことである。
でももう少し盛り上げてほしいと思う。

未だ途中なので最後まで読んでから感想を言わせてもらうが、途中に気になったことがあったのでここに書いてみる。
2章、P103の「天才」と付き合うという箇所である。

マネージャーが抱える最も厄介な問題の一つが、桁外れに有能だが、仕事がやりにくい社員の扱いだということ。
これは日本とアメリカでは違っているだろう。

日本の大企業の新入社員が皆大卒、皆同じリクルートスーツを着て、3年生から会社を訪問し、履歴書の書き方から面接の受け方までネットの情報通り、尖がったものは落とされるわけだから、規格品しか生まれず、企業は規格品以外は採用しない。
これがほとんどの日本の大企業の姿だから、良い大学を出た者であれば、そこそこ有能で、周りに合わせることもわかっているので、仕事はやりやすい。マネージャーもとことん楽ができる。(「それでもいろいろ大変なんだぞ」っというマネージャーは退場して欲しい)

アメリカのマネージャーはそれこそ規格外の「天才」をどのように扱うのか?それが知りたいことだ。生々しい答えがあるのだろうか?

でもこの本に書かれていることは、「天才には寛容であれ。守ってやりさえすべきだ。だがそれは、倫理に反する行動や人を傷つけるような行動をとらず、経営陣や同僚へのダメージを上回る価値をもたらすかぎりでのことだ」
規格外の奴は倫理なんて気にしないし、平気で人を傷つける。上司には逆らい、同僚の生産性を奪うことすらある。だから規格外の天才なのに。

それを見極めるのが有能なマネージャーということであるが、それは確かにそうなのだけど、ベストは規格外の「天才」性を損なわずに、チームに溶け込ませるような才能を持つマネージャーだろう。どうしたらそんなことができるんだ?
それが知りたいことだ。

それを書いてくれないことが物足りなさである。

ところで、よく若者向けのビジネス書では、会社人間になるな、規格外になれ、常識を疑えと啓蒙している。
日本が生き残るためにはもっともなアドバイスなのであるが、今度そのような若者が増えてきたときに、彼ら、彼女らをチームに溶け込ませてパフォーマンスを発揮させることが課題になる。このようなマネージャーは、先ほど説明したように未だ育っていないはずである。これからはそのようなマネージャーを作ることが大切になるだろう。


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posted by しもす at 17:24| Comment(0) | 読書