2021年03月30日

なぜプログラミングを必須科目とするのか?

最近の社会現象とプログラミングについてはいくつかの疑問がある。
まずは、なぜプログラミングを必須科目とし、2025年の共通試験から導入されるのか?

必須とすることで何をプログラムに期待しているのか?
文科省は日本人をプログラマーに養成したいのか?
他の教科に比べて、英語は教養というよりは実用を目指しているようである。
ところが学校教育に実用を持ち込むと、必ず目的がブレる。
本当は国語、社会、数学、理科といった、一見「実用性のない」科目の方が、学校教育にフィットしている。
実用であれば効果を問われるが、基礎能力、教養であれば測定が難しいから、批判もしにくい。

プログラミングも教養というよりは実用を狙ったものであることは間違いない。
でも、今更日本人のプログラマー率を本気で高めようとしているなら、愚の骨頂である。
日本人の労働単価は東南アジア諸国では未だ高い方である。
ところが、中国をはじめとして、東南アジアには日本人よりもはるかに優れたプログラマーが大量に存在する。
しかも単価が安いから、コスト競争では勝てない。

15年くらい前から、そのうち日本人はプログラマでは飯が食えなくなり、大量失業時代がやってくると思っていたが、未だにそこまで悲惨な世界にはなっていない。これも不思議だが、コストパフォーマンスの悪い日本人のプログラマーを、旧日本企業が吸収して、生産性を一向に高められないのでは?という構図だろうか。

今でも言われていることだが、プログラミングは単なるコンピュータ言語の習得ではありませんとも言われている。
プログラムを極めたことも無い無知な大人が単なるとはよく言ったものだが。

では何を習得するのか?一つは論理的な思考能力。
これもおかしい。私の周りには数年、数十年プログラムを職とした人が多くいるが、論理的に会話ができる人は極めて少ない。
百歩譲って多少の論理的な能力はつくとしよう。でも論理的な能力であれば、国語の読解力や数学の証明問題でも論理的な能力は養える。なのになぜプログラム言語を使って論理的力を養おうとする?

共通テストの科目になるからと言って、プログラミングをさせるのではない。マークシートである。
英語の4技能もそうだったけど、ヒアリングを入試に取り込もうとしても、ヒアリングのテストが実行できない。
結局ロジの問題で当初「崇高」だった志が崩れてしまう。

マークシートのプログラミングテストって一体文科省は何をしたいのか?

学校の教師はプログラミングの知識もないから、にわか勉強で即席の似非教師が作られる。
費用はないので、機材も揃えられず、チープな授業となる。

結局喜んでいるのは、大手の塾だけである。
誰かこの謎を解いてほしい。

posted by しもす at 23:08| Comment(0) | 教育
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