2022年07月11日

レポヴェシ国立公園

世界一幸福の国。フィンランド。

9月のフィンランドは曇天が多い。短い夏の終わりがもうそこまで来ている気配がする。
滞在4日目はレポヴェシ国立公園にハイキングをすることにした。
前日のハメーンリンナからタンペレにかけては雨も少し降る場面があった。
ところが今日は抜けるような快晴。
フィンランドの森と湖を堪能するには、最高の天気となった。

フィンランドの湖水地方は起伏が少なく、広大な土地に森と10万近い数の湖が広がる。
透明な水を湛えた湖の畔にはセカンドハウスやサウナ小屋がひっそりと建っている。
国立公園はハイキング道が整備されており、フィンランド滞在中のうち1日は、どうしてもハイキングをしてみたかった。

この日がそう、車を降りてまず湖を渡る吊り橋まで歩いたが、吊り橋が風か雪の被害で補修中だった。
もう一つ向こう岸に渡る方法と言えば、まるでサバイバル。
湖は200メートルくらいの幅だろうか。ロープが両岸に渡してあり、15人くらい乗れるいかだがロープに括り付けれられている。
そのいかだに乗った人は力を合わせ、ロープを手繰り寄せると、いかだが移動し、向こう岸まで辿り着くという仕掛けである。
人は少ないので、順番待ちということもなく、私たちが乗ったいかだには10人くらい。
乘った人たちはみな大人だが、手でロープを手繰り寄せいている間は、子供のような表情になって、いかにも楽しそう。

そうやって、無事湖を渡る。そこからハイキング。
スラっと細い赤松が無数に生える森。湿気が多いので、コケは日本の山寺に参道入ったような感じがする。
しめじのようなキノコ群。
人が少なく、途中、森の道で、左折地点を見逃したため、道を誤ってしまった。
行くこと10分。どうもハイキング道には思えない。
少しサバイバルな要素も盛りながら、森の登り道を登り切ると、見晴らしが良く岩が突き出た場所に着いた。
ここがこのハイキングコースのハイライトだというのは直ぐにわかる。
広大な森と湖が眼下に広がる。晴れているが太陽に光は柔らかい。これが北欧の9月なのか。
丘から降りて湖沿いを歩く。
帰りもまたいかだに乗る。今度は地元の中学生らしい集団と一緒になった。
当然彼らもはしゃぐ。

ハイキングで少し疲れた後は、フィンランド旅行最終宿泊地のB&Bに向かう。

posted by しもす at 00:13| Comment(0) | 旅行

2021年09月13日

足立美術館に行って来ました

今まで日本画にはそれほど興味が沸かなかったのは、伝統を継承し、極めることに重きをおくという姿勢がアートの本質と異なっていたから。そういう先入観を抱いていたからなのかもしれない。足立美術館での体験はそれが全くの認識違いであったことを知らしめてくれた。
昨年から浮世絵の展示を観に行って、葛飾北斎の大胆な構図や安藤広重の奥行の深さを知って、浮世絵の良さには多少なりとも触れた気がしていた。ただし、日本画に対して全てかというとそうでもなかった。

川端龍子の『愛染』は2羽の鴛鴦が紅葉を敷き詰めた川の上を泳ぐ、その跡が淡いS字の文様となり、紅葉に軌跡を残すという構図である。このような大胆な構図は何らかの先進性をもたらしたに違いない。その隣に飾ってあった絵画も素晴らしい先進性を持つ。解けた雪のが地となり、そこにひっそりと咲く紫の花。(残念ながら作者名を忘れる)

横山大観の『曳舟』はダヴィンチのスフマート技法を思わせる。(これが朦朧法と揶揄されたと解説にあったが、日本画、墨絵とはそもそもそういう輪郭をぼかすものではなかったのかと思った。実は輪郭をぼかす技法は横山大観以降なのか?)
また、大作『紅葉』は紅葉から波がはじける様が一度の視覚では捉えられない横長の作品で、鑑賞者はどうしても華やかな画面左の紅葉に目を向ける。そこから右に図をなぞるわけだが、海の波が散る様となり、波が四角の幾何的な模様から細かく砕かれている。屏風絵にもこのような幾何学的な模様が散りばめられているが、それが絵画に自然と溶け込んでいる。左から右への視線の移動は、計算されたようで、紅葉から幾何学的なフォルムに移るうちに、エッシャーのだまし絵を見ているようでもあった。

どんな美術の世界にもアートとしての共通の革新性が流れているということを思い知らされた。

posted by しもす at 21:06| Comment(0) | 旅行