2022年07月12日

『最後の資本主義』 ロバート・B・ライシュ -1

『最後の資本主義』 ロバート・B・ライシュ

実はマイケル・サンデルの『実力も運のうち』を並行に読み進めているが、事実認識は全く同じ。
現代の資本主義は、労働資本よりも金融資本の方がリターンが大きく、税制においても金融資本の利益の方が有利となっている。
富める者はますます富、中間層の収入は1980年頃からほぼ一定であるから、実質収益は減り、中間層は没落した。
経済的に有利なものは政治力を行使して、自分たちに有利な法律を成立させる。そしてますます格差が広がる。

アメリカ史には産業革命、重工業革命後にも資本と富を独占する財閥が現れ、市民格差が激しい時代も経験したものの、中間労働層とそれに指示された大統領が、格差を縮めることに成功した。現代は、その格差が広がった時代であり、中間層はほぼ没落。搾取は非常に見えにくい形で行われている。

これがPart2までの要約で、Part3からこの財閥勢力に拮抗する勢力は?と話が展開する。Part3はこれから読み進める。

マイケル・サンデルの著書は、この事実を道徳的、精神的な面を強調する。(ライシュにも同じ記述はある)
成功は努力の結果である、といのはアメリカ人の基本的な信念である。その逆に、成功した人も、成功しなかった人も、成功しなかったのは、怠けていたからであると思い込む。
このことにより不成功者は劣等感を抱き、成功者は不成功者を蔑む。成功者と言われるもののうち、CEO、株のトレーダー、銀行家は、店員や介護者のように本当に社会に必要な仕事をしている人達に比べて、収入に見合う何百倍という価値があるのではない。それなのに、収入が自分の価値に見合ったものだと認識してしまっている。
ここに倫理的と道徳の崩壊を見て取る。
成功しなかった理由は、単に努力しなかったからではなく、そのような機会に恵まれなかったため、貧しい家庭や地域に生まれたら、良い大学に行ける確率はぐんと低くなる。決して本人が怠けたためではない。

そして、(ここから先は未だ読んでいないが)努力することも遺伝子によって決まっているのであって、それも偶然手にした幸運であると論じるのだろう。

ライシュの現代は”Saving Capitalism”。彼は資本主義に代わるものを見つけるのでなく、拮抗勢力により、高めていくことを目指している。これからPart3を読み進める。















posted by しもす at 11:48| Comment(0) | 読書

2022年03月02日

最悪の予感 マイケル・ルイス(その4)

最悪の予感 マイケル・ルイス(その3)続き

起きるべきいリスクに対して、リソースを割り当て、リスクを回避するというのは、ITプロジェクトでも同様だ。
ITプロジェクトは不測の要素が大きい。また緻密な工程が存在するわけではなく、属人的な要素やソフトウェアそのものが不安定なため、あらゆる場面でトラブルが発生する。一旦トラブルが発生するとスケジュールは大きく狂うし、コストは嵩む。
もともとスケジュールやコストはあまり余裕を持たせていないので、トラブルをリカバリーすることは計画に含まれていない。

もともとギリギリのリソースとスケジュールで進めている、ITプロジェクトに対して、リスクをヘッジするためにリソースを費やすことは非常に困難な判断を伴う。トラブっていれば、そこにリソースを費やすことには誰でも賛同する。ただし、将来起こるかもしれない、障害をヘッジするためのコストはなかなか認めてもらえない。そのための標準的な判断基準も、IT業界にはない。(いろいろな書籍はあるが、実際に運用することは困難)

どんな平易はプロジェクトにも、それなりの規模であれば、落とし穴はあるから、将来を予測できない、レベルの低いプロジェクト・マネージャが統括する場合、ほとんどトラブル・プロジェクトになる。ところが、優秀なプロジェクト・マネージャであれば、将来を予測し、リスク・ヘッジする対応を細かいレベルで行っているので、トラブルは起きにくいし、起きても最小限に抑えることができる。
逆に、「簡単なプロジェクト」だった、「彼・彼女は運が良い」と思われることすらある。

中国のある名医の話。

古代中国に扁鵲(へんじゃく)という伝説的な名医がいました。扁鵲は3人兄弟の末っ子で、長兄と次兄も医者でした。ある日、魏の文王が扁鵲に「3人の中で誰が1番の名医か?」と聞きました。すると、扁鵲は「1番は長兄、2番が次兄、私は1番下手です」と答えました。次に、文王は「では、なぜ上の2人は有名ではないのか?」と聞きました。すると、扁鵲が非常に面白い返答をしました。要約すると次のようになります。

自分(扁鵲)は病気が重くなってから治します。患者は苦しみ家族も心配しています。そんな中で、鍼や薬や手術で治します。ですから、私はすごいと思われて有名なのです。次兄は、患者が病気にかかり始めたとき治してしまいます。症状も少なく患者も苦しくありません。ですから、次兄は軽い病気を治すのが得意だと思われています。長兄は、症状が出る前に、患者本人も病気だと気づかないうちに治してしまいます。ですから、彼は人々から認められず、わが家の中でだけ尊敬されています。





posted by しもす at 06:07| Comment(0) | 読書

2022年02月28日

最悪の予感 マイケル・ルイス(その3)

最悪の予感 マイケル・ルイス(その2)続き

この本は最新のコロナに対する、「特殊」な事情のように見えて、実はどこにでもある日常なんだ。
腐敗する政治家、官僚制度。
組織の上に上るほど、責任を回避する行動。
将来のブラックスワン的なリスクに対する人々の過小評価。
リスクに備えることを唱える人をなじる人々。
リスク予防という仕事の虚しさ。
希望は、どんな腐敗した組織にも、自己犠牲を物ともせず果敢に挑戦する人が、底辺から現れる不思議。

この本でもう一つ学んだ。というか、ここ数年でひょっとしてそうなのかと思い始めていたことをまた教えてくれた。いわゆる自由主義経済は長期的には最も効率が良く、人々が自己の利益を最大にすることで、最も効率的に最大の経済効果が生れるという神話がある。若いころからつい最近まで、この均衡があるからこそ経済に惹かれていたと言える。

ある本では、この均衡は必ずしも「望ましい」均衡でないことを示唆された。(現代経済学の直感的方法


ここでジョーは、民間企業のあり方をさらに学んだ。 いや学び直した。スタンフォード大学の大学院生だったころ、それまでオープンで協力的だった仲間たちが、ベンチャーキャピタルから資金を獲得した途端、閉鎖的になるのを幾度も目のあたりにした 。「いつも通り研究室に行くとある日突然一部の仲間の作業スペースが多いで隠されているんです。」 知識の源としては民間企業はあまりに効率が悪い。今日は度々そう思い知らされた。有望な研究分野が開けても、 会社が頓挫するとともに成果が水の泡と消えてしまう。ジョーとしては苛立だしかった。 金銭的な野心が 科学と進歩を妨げている。 病原体が全米を覆い、経済を停止させようとしているのに、民間セクターからは、お金儲けを目論む悪臭が漂っていた。


以前、何かで読んだコラムだが、震災の時に必要な物資を値上げして売ることは効率化の観点で優れているという記事を読んだことがある。(だから自由経済は素晴らしいということであるが、)値上げをしても売れるということは、震災地に対して、必要な物資を届けるというモチベーションがアップされ、効率よくあらゆる場所から物資が集まってくるという理屈だった。なるほどと思う反面、何か違和感があった。ただ、その違和感が何なのかわからなかった。

それは次のあるいはその次の世代では常識となる、評価経済により説明されるものかもしれない。人はお金を貯めて豊かになることが最終目標ではなく、ある程度の生活が保証されるなら、自分を認めてもらう、評価してもらう仕事を進んでするということである。自分を認めるというのは、より多くの人の助けとなったり、楽しませたりすること。


被災地でペットボトルを2倍の値段で売ることは、経済的には正しいことかもしれない。物資が集まり、多く集まれば供給と需要の関係で、値段は下がっていくだろう。ただし、本当に必要な時期に必要な人に水を十分に与えることはできない。経済効率よりも、善意や評価の総量が自由経済を超える世界になれば、自由経済は修正され、やがて別のものに置き換わるかもしれない。








posted by しもす at 23:11| Comment(0) | 読書