2021年05月06日

PCR検査について

コロナのせいで今年のGWも籠りとなった。
籠っていてもネットのお陰で飽きはしない。
非常時にこういう生活ができるとネットに感謝したいが、一方で常態でネットべったりの生活に慣れてしまうというのは問題だ。
人間には選択という権利があるのだから、選択権を奪うようなことは許されないが、常にネットを選択し、外に出ないというのは本当の選択権を行使した結果なのだろうか?

コロナのニュースは飽き飽きしているので、今更ここで話すものでもないが、『公式より大切な「数式」の話をしよう』にベイズの定理が載っていた。この本は比較的日常で「役に立つ」数学の話を挙げているのだが、ベイズの公式は、今こそ日本人が学ぶべき最も大切な公式だと思う。

この式はシンプルで小学校の算数、四則演算で成り立つ。ただこの意味するところは深い。
また、直観と異なる結果になるために、是非知っておくべき公式だ。
ただし、後で振り返れば、式の示すところは明確であり、どうして自分がそのような勘違いを堂々としていたのかと恥ずかしくなるという代物である。

コロナのPCRを受けて、陽性という結果が出た。この時本当に陽性である確率は?
式は以下の通り、

(@ x A)/B

@ 実際にコロナにかかっている人の割合
A PCRテストの検出率
B PCRテストで陽性となる確率

@ABは正確な値が必要なので、ネットを検索してみたら、「本当に検査は必要か」というサイトがあった。
@は日本人では、1000人に1人らしいので 0.001 
Aは70%らしいから0.7
Bの前提に、コロナにかかっていない人が陽性と誤って判断される確率が 1%であるから
1000人の検査で陽性の人のうち陽性と検出されるのは1000人中、 1 x 0.7 = 0.7 
コロナにかかっていなくて陽性と検出されるのは999 x  0.01 = 9.99 
Bは (0.7 + 9.99 )/ 1000 = 0.011 

これを式に当てはめると (0.001 + 0.7) / 0.011 = 6.55%となる
70%と答える人が大半だろうが、答えはその10分の1にも満たない。
もちろん健康な人に対して検査する場合の確率で、疑いのある人だと1000人に1人よりも確率が上がるからこれは当てはまらない。濃厚接触者の検査は意味があるが、疑いの無い一般の人の検査は意味がない。それどころか迷惑である。
迷惑な理由は先のリンクに書かれているので、ここでは述べない。

直観と違うのは「検査」というものに過大な期待をするというバイアスがかかっているのだろう。
少し考えてみれば、1000人のうち誤って陽性が検出されるのは、10倍以上もいるのだから、自分はコロナにかかっていないと判断する方が正常なのだ。それでは何のためにPCR検査をしたんだということになるが、それならPCR検査は意味がないと判断する方が理性的である。

冷静に考えてみれば、999人中9.99人が誤りと検出されるなら、コロナでないと思う方が自然だと結論するだろう。
簡単なことなんだけど、そこまで考えが至らない。というかマスコミは海外に比べてPCR検査数が少ないとかいうことばかりを報道するし。何か陰謀論のようなネットのフェイクニュースの方が面白味があり、暇つぶしになる。

こういう数学の「常識」を学校で教えないし、学ぼうとしないから、こんな簡単なことにも騙されるのだ。

posted by しもす at 00:00| Comment(0) | 日常

2021年04月25日

みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史

『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史』日経BP

中身の薄い内容だった。
日経コンピュータの記事を寄せ集めたものなので、仕方ない感はあるが、それにしても新鮮味の無い上面の言葉を慣れべていただけである。SOA、経営陣のIT重視、それだけなら何とでも言える。19年、4700億円もかけて構築したシステムのどこにその価値があったのか。そもそも銀行の中が2つか3つに別れていたものを何とかしましたでは目も当てられない。19年もの長い年月をかけるというのはシステム開発にとって、それだけでリスクである。当然、何も目新しいアーキテクチャなどない。

それはいい。だったら早くこのプロジェクトは失敗でしたと認めることである。
思っていても口には出せないだろう。可哀想であるが、それが銀行のトップの責任と言うものだ。
プロジェクトにかかわっていた人は数万人単位でいるかもしれない。
救済事業、公共事業ではないのだ。中にはこのプロジェクトで働き盛りの技術者人生を終わらせてしまった人もいるはずだ。
そしてやっとのことで終わったと思ったら浦島太郎状態。もうMINORIの保守でしか生きていけない。

障害関係記事もほとんどなくなってしまった。
気づいていなかったが、4月5日にみずほのホームページでシステム障害に関する報告書が載っていた。
運が悪いとしか言いようがない。

大規模障害は必ず起こる。
原因は様々で単一ということはなく、常に複合原因である。
また小規模で終わるか、大規模障害に発展するかは運が左右するとしか言いようがない。

それなのに、世間は「犯人捜し」をしようとする。
そもそも銀行勘定系など、障害テストもさんざん繰り返し行っているのだから、大規模障害に至るなど運が悪いとしか言えないのだ。

2月28日のATM大規模障害に始まる、みずほ一連の障害のうち、2回目のネットワーク機器によるATM29台の障害、3回目のみずほダイレクトの超小規模障害は、通常なら新聞に載るような障害ではない。4回目の外為障害はやや中規模かもしれないが、それでも新聞には載らないだろう。
1回目の障害は幅広い影響が出たこと、障害が重なったこと、そして20年前、10年前の障害を思い出させたことが、悲劇のお膳立てをしていることになる。

ところで、みずほの報告書には正確に障害の原因を分析し、報告しているのだろうか?
いや、全く分析されているとは思わない。
自分もこういう障害レポートを書いてきた人間として、かばってあげるとすれば、分析はできているのだけど、世間に発表するととんでもないこになるから、一般的な「組織の改善」「人の改善」などという答えのフレームワークに押し込めただけのレポートになっているのだろう。そう信じたい。

当初新聞に叩かれていた3点、

@ どうして定期の臨時処理を月末、2月に実施するという判断をしたのか?(当然避けるべきタイミングである)
A 定期のシステム障害がATMの障害に及んだのか?
B どうしてATMはカードや通帳を吞み込んだのか?

@についての言及は全くなし。
ABについては、アーキテクチャとして正しいと判断したのか?或いは見落としであったのか?その点についての言及が全くない。BはMINORIより前からの設計であると記載があったので、見直しが無かったのかもしれない。あっさり仕様変更している。恐らく人的体制も含めて、大規模障害を想定してなかったのだろう。

システムのアーキテクチャ設計は常にトレードオフである。その中で苦しみながら最善と思われる方を選ぶという試練の連続である。ただしポーカーの素人だって、プロを負かすこともあるように、偶然が重なって「最善」に設計されたシステムでも障害を起こすことはある。

そうなった場合、システムの責任者は気の毒である。マネジメント、新聞、顧客は後出しじゃんけんで言いたい放題。
フェアな報告をしてほしい。どうしてそのような設計にしたのかを真摯に語って欲しい。それを世間は言い訳と捉えるだろうが、バカは言いたいことを言わせておけばいい。それを語り、シェアすることが技術者の責任である。我々技術者に理解できる言葉で語ってほしい。

それをしないといつだって技術者の分が悪い。悪い目の出た勝負しか記憶しないマネジメントや世間が、一生懸命「悪手」を勧めようとする。システム開発はそういう窒息しそうな状態に陥ってしまっている。

posted by しもす at 23:32| Comment(0) | 日常

2021年04月01日

プログラミングに関する3つ目の疑問

先の2つは、プログラミングとを義務教育に取り入れるということについての批判であった。
今日は純粋に不思議に思っていることだ。

退職間際の人達にリカンレント教育と称して、中高年向けプログラミングの教室やオンライン口座などがある。
学んだ結果、EXCEL VBAを書いたり、ホームページを作成したりして、退職後の収入の糧にしましょうと謳っているものも見かけたりする。

本当か?

今までプログラミングを経験したこともない人、それも中高年が初めてプログラムを学んで、収入を得ることが果たして本当にできるのだろうか?もちろん中には結構ものになる人もいるかもしれない。退職後に初めて絵を習ったり、俳句を詠んだりして、それなりに様になる人がいるように、プログラムに通じる人もいるにはいるだろう。ただ、誰しも絵がうまくなるわけではない。

若い人ですら、プログラムだけできるギグワーカーが食っていくのは大変なのだ。
自分を売り込む能力も必要だし、人よりも差別化しないことには、いくらでも安いリソースを調達できる世界なのだ。
メンバーシップ型の会社社会でぬるま湯につかっていたおじさん達が、ちょっとプログラムが書けるようになったからと言って、どこの世界にそのような人に仕事を頼むというのか?

そんなものでメシが食えるのなら、私は自身のことを何も心配しない。
それなりにプログラムはできるし、人よりも綺麗なコードを書けること間違いない。
もう今の仕事をやめてしまって、細く長くプログラムを1日4-5時間くらい書いて、気楽に暮らして行けばいいのだ。
でもそんなことが実現できるとは毛頭思わない。

これも少子化に困った専門学校や塾の宣伝によるものだ。
そして何の方策もない、IT人材を育成するとアピールして、補助金という金をばらまくだけの行政の問題であろう。
困ったものだ。



posted by しもす at 21:50| Comment(0) | 日常